■天然理心流の秘伝
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天然理心流 習いはじめて 一年後あたりか 平井師範 拙者に こういった 四十二年にわたり当流を修行し 身をもって実感していることがある このときから 何年 経っただろう
十ノ巻で “証言”された (拙者の聞き書き) 【天然理心流の秘伝 平井泰輔{たいすけ} 天然理心流九代】
補:天然理心流 四代・近藤勇→五代・甥で養子の近藤勇五郎 六代・不明 七代・近藤新吉 新吉の撥雲館道場で教えを請けた 八代・加藤伊助 平井師範 中学のときから加藤伊助に師事
さて 平井師範が語る<秘伝>とは 司馬遼太郎 『燃えよ剣』が創り出し 通説となった 天然理心流 試衛館{しえいかん} 新撰組 木っ端微塵にするものだった
平井師範の「身をもって実感」したのは 天然理心流 勝つための剣法でなく 相打ち剣法ではないか 一人“探索” はじまった
新撰組隊士末裔から切紙 五本の形を手に入れる 序中剣{じょちゅうけん} 平正眼{ひらせいがん} 斜剣{しゃけん} 手鏡剣{てかがみけん} 山形剣{やまがたけん}
五本とも脇構えからの相打ちだった 真剣は重い 長く構えていると脇構えが楽だ 古くからある実戦に即した構え
相打ちは まず相手の力を凌ぐ力がなくてはならない まず「力」である 相打ちの太刀筋を何度も繰りかえしていると 違った筋を使いたくなるが 変化した側は必ず負ける その経験から じっと我慢する それが「根」 <力と根>が天然理心流の基本 加藤伊助師から教わる
『燃えよ剣』 ≪実をいうと天然理心流という野暮ったい喧嘩剣法で、近藤などは一つ覚えのように 「一に気組、二にも気組。気組で押してゆけば、真剣、木刀なら必ず当流は勝つ」といっていたが、道場の試合は弱い。≫
「力」と「根」が 「気組」となったのだろう 司馬遼太郎 執筆にあたり 膨大な資料 手にしたことだろう その中に「気組」 あったのだろう 初入門許された者 最初にもらう 目録免許 に「決心」の項 人は生まれながらにして器用な者と不器用な者にわかれる だから不器用な人は人が稽古を一やれば百やれ 人が十やれば千やればよい といい 「唯士道一息裁断の勝負」とある これを近藤勇 こういったという話も加藤師から聞いた 「なあ〜に 剣術なんてものはな 勝負なんぞにこだわらず 常に稽古してりゃ〜いいのさ 体さへ動かしてりゃ〜いざというとき 誰だって仕事ができるもんさ 修羅場に立ちゃ〜上も下もね〜」 「血判神文書」も 残っていた あらゆることが門外不出とされている 当時の人の血判は いまの世の者には想像できない なぜ農民が多い入門者からも そこまでにして秘密を守ったか
天然理心流の秘伝 次回につづく
2024/07/27(土) |
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