■戦死者の霊
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特集 【軍学者「兵頭二十八」を読む ――兵法を放棄したこの国を憂うとき――】
その一 【軍学者に問うてみた なぜ軍学者と名乗るのか――兵頭二十八 右、質問を編集部から受けた。古来の軍学思想家の逸話を記す】 見開き二頁 二節を抜粋
《西洋の戦術、支那の兵法、本朝の軍学も、やはり生存の哲学に他ならない。 愉快でたまらぬのは、戦場の安易な秘訣は戦いの知識の独占にあるはずなのに、 古来の軍事思想家は、それを敢えて公理化し、文字に記し、巻物にしたためて、 他人に教授し、後世に伝えようとしてきた。彼らはじつは博愛主義者だ。他人と自分の不幸を見てきた人々に違いない。私はそのような人々の末席に連なりたく願う。軍学者の名乗りは、その希望に背駆{はいち}しない。》
《クセノフォンは25〜26歳の3年間、ソクラテスに師事して、後に騎兵戦術の開祖になった。プラトンは20歳から8年間、最晩年のソクラテスに師事し、その刑死をみたことから、正義の問題と、霊と死の問題で、終生悩み続けた。ミイラの伝統のあるエジプトまで旅行して、それを知ろうとした。ついにプラントすら、正義の霊は死後にどこかで酬われ、幸せを得たのだと信じた。 いま、日本では、戦死者の霊をどう祀るべきかについての定見が失われ、混乱を増そうとしている。軍学者として、これを黙って見ていることはできないのである。》
次回 【武士道と宗教と靖国】
2026/01/13(火)  |
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