■国宝
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前田 → 特攻は確かに残酷なものであったが 吉田松陰の「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」 であったと思うんです
徳田 → そうだったんでしょうね 昭和19年10月25日 マバラカット基地から飛び立った 敷島隊が最初 レィテ湾の米艦隊への攻撃のため レィテの戦いで日本の敗北は決定的になることを軍司令部は知っていた 特攻作戦の立案者 大西滝次郎中将 米国にできるだけの損害を与え 負け戦でも講和の条件を少しでも良くして 終戦を迎えようと考えたんだと思います。 本土決戦となったら大きな損害を被ると思わせたかった
前田 → 特攻隊指揮官 角田{つのだ}和男 『零戦 最後の証言U』 大西中将が他言無用と言ってから 腹心の小田原俊彦大佐に語った 敵に本土上陸を許せば、未来永劫日本は滅びる 特攻はフィリピンを最後の戦場にし 天皇陛下に戦争終結のご聖断を仰ぎ 講和を結ぶための最後の手段である
徳田 → やはり そうなんですね。 やむにやまれぬ戦法だったんですね でも実行する隊員は死ぬとわかっている 死んだら敗けであるのに なぜという無念さがあったでしょう 大西中将も特攻は外道だといってますね
※ 大西の発言 正しくは「統率の外道」 統率{とうそつ}→ 集団をまとめ、全体を指導して率いていくこと リーダーを意味する 「彼らを生かすも死なすも統率者の責任である」との意味から 大西は 自分の命を犠牲にして国を守るという特攻隊員の献身と 特攻隊員の行為に責任を持たない指導者の在り方を「外道」と表現した
前田 → 関大尉 自分は体当たりしなくても 急降下し 敵空母の飛行甲板に爆弾を落とし すぐ急上昇できる技術を持っているといっていたそうです
徳田 → そう だったんでしょうね 昭和19年10月25日 マバラカット基地から飛び立った 敷島隊が最初 レィテ湾の米艦隊への攻撃のため レィテの戦いで日本の敗北は決定的になることを軍司令部は知っていた 特攻作戦の立案者 大西滝次郎中将 米国にできるだけの損害を与え 負け戦でも講和の条件を少しでも良くして 終戦を迎えようと考えたんだと思います。 本土決戦となったら大きな損害を被ると思わせたかった
前田 → 特攻隊指揮官 角田{つのだ}和男 『零戦 最後の証言U』 大西中将が他言無用と言ってから 腹心の小田原俊彦大佐に語った 敵に本土上陸を許せば、未来永劫日本は滅びる 特攻はフィリピンを最後の戦場にし 天皇陛下に戦争終結のご聖断を仰ぎ 講和を結ぶための最後の手段である
前田 → 関大尉 自分は体当たりしなくても 急降下し 敵空母の飛行甲板に爆弾を落とし すぐ急上昇できる技術を持っているといっていたそうです
徳田 → できたでしょうね でも終戦講和の作戦として どうしても一発必中でなくてはならなかった 命令する人 命令を実行する人 そしてディソンさんのように敵国の人でも 国のために命を捨てていった人たちを尊敬し 自分たちもそうしたいと思う人々がいたわけです ディソンさんは子供の頃 よく遊んでくれたり お菓子をくれたりした 礼儀正しい若い日本の兵隊たちが いつの間にか何もいわずにいなくなっていったのを不思議に思ったらしい 大人になり読んだ本で あの日本の兵隊さんたちが特攻隊の人たちではないかと思い その後 特攻のことを詳しく調べていくようになり 尊敬できる行為は行為として慰霊碑を建てたのです
−−−−−−★−−−−−− 大西瀧治郎 辞世 「これでよし 百万年の仮寝かな」 万感の思いが込められた句だ
特攻攻撃の発案者は大西瀧治郎ではない 南西方面艦隊司令部付の一中将 なんの命令権も決定権もない 発案は 陸海軍の最高統帥機関 大本営 軍令部の源田実参謀の起案になる電文 「神風攻撃隊ノ発表ハ全軍ノ士気昂揚竝(ならび)ニ国民戦意ノ振作ニ至大ノ関係アル処 各隊攻撃実施ノ都度 純忠ノ至誠ニ報ヒ攻撃隊名(敷島隊、朝日隊等)ヲモ併セ適当ノ時期ニ発表ノコトニ取計ヒ度……」 日付 昭和19年10月13日 マバラカット基地から飛び立ったのは12日後の10月25日
この電報起案 大西中将が東京を離れた数日後に、すでにして書かれている。 しかも 神風攻撃隊の名も決められている 0月20日に特攻作戦が正式発令となり 大西が名付けたという本居宣長の「敷島の大和心を人問はば……」の歌に発する敷島隊 大和隊 朝日隊山桜隊の攻撃隊名も この電報の中にある
遺書は二通 一通は長野に疎開中であった淑恵夫人に宛てたもの もう1通 大西に見送られて十死零生の作戦に散った全特攻隊員に宛てたもの 「諸子は国の宝なり」…闘将が遺書に記した冷静な祈り 「特攻隊の英霊に曰(もう)す/善く戦ひたり深謝す/最後の勝利を信じつゝ/肉弾として散華(さんげ)せり 然れ共其の信念は/遂に達成し得ざるに至れり/吾死を以て旧部下の/英霊と其の遺族に謝せんとす 次に一般青壮年に告ぐ/我が死にして軽挙は/利敵行為なるを思ひ/聖旨に副(そ)ひ奉り/自重忍苦するの誡(いましめ)とも/ならば幸なり/隠忍するとも日本人たるの/矜持(きょうじ)を失ふ勿れ/諸子は国の宝なり/平時に処し猶ほ克(よ)く/特攻精神を堅持し/日本民族の福祉と/世界人類の和平の為/最善を尽せよ」
2025/10/02(木)  |
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