■億万長者 千葉周作
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江戸時代 後期のことわざ 「道場と医者は妻の身が楽だ」 剣道場(武道)の師範や医者と結婚した妻は 日々の生活に困ることがなく 経済的にも社会的にも恵まれていて気楽である という意味
その第一人者が 北辰一刀流 千葉周作 まずは 時代背景 幕末は すでに西洋銃と大砲の必要性 町人までも知られていた もともと江戸の町人 元気が良くて 武士以上に熱心に剣術を学ぶ者 多かった 誰もが「護身」を考えた 本来ならばピストルでも学びたかったが 火薬の類はまだ公に許されない また やがて「廃刀令」が出されるなど誰も想像してない 日本人は永久に刀を差して歩く民族だと信じていた そこに千葉道場ができる
千葉道場 何が革新的 いや 革命的であったか 周作 徹底的に 町人を顧客と考えた そのため 防具を改善 今のような防具にしたと言われている (筆者注: 周作以前に 江戸中期の直心影流や中西派一刀流で改革されていた これを更に改良したのだろ)
道場のつくりも 通りすがりの町人が窓からのぞいていけるようにし 「この道場で習ってみようか」との評判が立つ それから 革命的の一番 弟子達にを<ヤル気>を起こさせる 「免許」 それまでの剣術道場では 指南免状 八段階 「皆伝」を許されるまでウンザリする年月と努力 これでは町人にはパスされる で たったの三段階 だれでも すぐ 達人になれます 「すぐに泳げます」 いまどきのスイミングスクールだ
初心者が早く上達できるようメソッドも工夫した 「強く握るな 小指を少し締めろ 以後 紅差し指(薬指) 中指 人差し指と 順にゆるくしめろ」と実にわかりやすく教えた こんなことは武蔵の『五輪書』に書かれている基礎知識 武蔵以後の剣術先生たち こんなものまで「秘伝」にしてしまった 長年の修業を通じ師匠から盗むようにして会得しなければならぬよう仕向けていた それから 周作以前の武道では どの流派も「皆伝」は門人中 一人と決まっていた そもそも 一人の先生が同時に多数の生徒を教えるという文化は 中国と違って日本ではかなり後まで無かった 一対一の授業が武道の開祖・塚原ト伝からずっとそのやり方 千葉道場では 誰でもが数年で「皆伝」までいける (坂本龍馬の北辰一刀流の免許皆伝もコレである)
だから生徒たちは喜んで月謝を払い続け 昇段試験の度にまた「授業料」を持っていく このシステムを考えだしたのが千葉周作
あとはフランチャイズ制 大評判となった「千葉道場」を 江戸市中をはじめ関東一円に増やしていき 江戸以外の農民を顧客としていく かくして周作は 日本最初の「武道億万長者」となりました
次回では これを周到した 柔道の「講道館」のハナシ
2026/07/01(水)  |
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