■射撃術という武士道
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筆者 銃を初めて手にしてから 六十年近い 体力はチビてくるのだが 好きというより 鉄砲の世界は自宅みたいに感じている老爺である
前掲各氏の論点によれば 鉄砲という<飛び道具> 弓が武士の表芸であった時代から続いて抵抗もなく武士の用具として受けいれられたものであったこと その登場が時代に少なからぬ影響をもったこと 同じ武器でも 刀劍が武士の象徴 武道精神を映す鏡として選ばれ尊重される風が 次第に醸成されていった………… などまことに よく理解できる さらにまた 鉄砲史も相当のレベル 良質の文献も幾つか
しかし 不満が残るのは そのほとんどが メカニズムや化学の発展史か 形式などから 伝来経路を探そうとするものの 極端なものは骨董列伝であって 武器道具としての鉄砲というものが 実際に他のものに比較し どの程度機能性欠点を持ち 当時の人たちは それをどう使いこなしていたかが 見えないのである つまり「すごい武器だったから登場するとたいへんだった」 というものの 「どのくらいたいへんだったか」は さっぱりわからない
したがって 鉄砲 武士に好まれたのであれば なぜ 「武士の心の鏡」という 象徴的な位置を持たなかったのか そこまで はっきりしないと 鉄砲とは果たして何であったか 射撃術という武士道の一部たりうるものかだったかかが 見えてこない
2026/04/13(月)  |
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