■招魂
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明治12年 東京招魂社 靖国神社と名を改める 「維新政府の装置」から「日本国の装置」へ性質が変る そして日露戦争を境に 戦死者は「英霊」と呼ばれる 藤田東湖『生気歌の詩』が出典
戦前/戦後 合祀はあくまで 死者の霊を呼び寄せ 祀{まつ}ったり鎮める儀式 「招魂」であって 霊を慰め、冥福を祈る 「慰霊」の意味は薄かった たとえば昭和12年11月18日 支那事変 最初の戦没者慰霊祭 それは靖国神社 中心のイベントではなかった
東京招魂社 大祭日 当社 勤祭日といわれ 伏見で戊辰戦争の第弾が放たれた旧暦1月3日 上野の彰義隊が背走した5月15日 会津が降伏した9月23日 函館戦争が終わった5月18日
明治2年 全国の官社や祝部〔はふりべ〕を支配する 神祇官{じんぎかん} この1月3日を「御一新の基」 大祭日とするを提案 しかし 政府 年一回では不満 同意しなかった そこから靖国神社の意義上の混乱が始まった
−−−−−−★−−−−−− 傘張り浪人 参議院選出馬の折 軍学者に連れられ 靖国神社へ 「勝ちます」と 英霊の霊を呼び寄せ 誓う場であるから と
2026/02/14(土)  |
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