■日本にもあったブランメルの時代
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【中世、戦闘者(武士)であった騎士が近世になり貴族になった。そして、ボー・ブランメルが生きていた頃は官僚的な国の枠組みに入れられ、武士としての生きる場所がなくなりつつあった。十八世紀後半の産業革命で富を持つブルジョアジーが台頭する危機感を持ちはじめたときボー・ブランメルが現われた。
本物の騎士とは何だ――騎士道というものをブランメルは追求した。 その結論が「ダンディズム」であった。日本でいう老紳士のお洒落というものでなく、 ブランメルがいうダンディズムは自分の生き方、日常生活、言動、物腰、人生そのものを芸術的に生き抜くのがダンディズムだ。 当時、イギリスにバイロンという貴族社会の反逆児の詩人がいた。他者を認めることのない彼ですら、いまの世に影響を与えたBがつく三人がいるといった。「ナポレオン・ボナパルト、ボー・ブランメル、そして私だ」と。そしてバイロン自身mナポレオンになるよりもブランメルになりたいともいわせた。イギリス人のジョーク、ブラックユーモアは有名だが、そのはしりがブランメルだ。ジョージ四世も彼を評価していた。
振り返って日本にもブランメルの時代があった。戦国時代が終わろうとする安土桃山時代から豊臣時代の政権下で武士が官僚になっていこうとするとき出てきた武士たち、 前田慶次郎らかぶき者(傾奇者{かぶきもの}」であった。 彼らも本物の武士を追求する。前田慶次郎は異様な風体をして横行するだけでなく、 武術にも優れていることは当然として和歌、古典に造詣が深く、連歌も一流の歌人に交わって詠んでいる。 同じ上杉に仕えた友である直江兼次は、朝鮮出兵で勇敢に戦うと同時に書物を惜しんで、攻め込んでも貴重な書物を戦火から守った。それらの中には韓国にも中国にもなくなってしまっているものがたくさんあり、国宝になっているものもある。 武士道とは本来、大儀、大局に立つ行動をしなければならないからだ。そのためにしっかりした教養、知識を基に哲学を追求した。】
次回につづく
2026/05/29(金)  |
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