■常朝が 死を語っている意味は二つ
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そして葉隠の武士たち 山本さんの師友 鈴木直哉氏 「何故如何にして歴史は曲解誤解され歪められてきたか」 指摘解明することに尽力をつくされた 氏の著 『謎とき日本合戦史: 日本人はどう戦ってきたか』(講談社現代新書) もっともよくかつ平易にこの事情を検証している 「こうあってほしい」 「こうであったほうが都合がいい」 「歴史はこうあるべきだ」 といった先入観「史観」のなせる業 (※「新撰組」も そうであろう)
山本さん 曰く 『葉隠』も その被害を受けている屈指のひとつ 「武士道というは死ぬことと見つけたり」 一行に満たない文字が これほど一人歩きをした例はない 関ヶ原から110年後 戦闘員として極めて閉塞的な状況 『葉隠』は 先祖の武勇に比するものは何か? を追求した武士の処世覚悟を示す書であった これをまず 理解いただきたい
常朝が死を語っている意味は二つある 一つは 「人間 誰しも必ず死すべき存在であることを忘れるな」 武士が好きだった禅 人間 死んだらそこでオシマイ この歯切れの良さが武士の共鳴を呼んだ (※数多の殺生も地獄に堕ちることはない 勝っても敗けても死ぬ)
したがって平常を一瞬々々を一期一会と観じ 一刻々々を完結され充足したものであるよう生きなければ 不時に到来する死のときに人生の意義を完結する事なく 不覚悟の死を迎えることになる
この思想 洋の古今東西を問わず思想家や宗教家がしばしば説く テーマであるが 宗教色や来世願望を離れて これほど明確に 「限りある人生の有意義に生きよ」 「有意義とは何か 常に自らに問え」 と簡潔に呼びかけた文章を筆者(山本)は薄学にして知らない 今日も『葉隠』が人々の心を引きつけるのは 華麗な活躍以外の場でも人生を見つめ続けようという 常朝の洞察の深さによるものであろう
<常朝が死を語っている意味は二つある> 「二つ目」は 次回で
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生と死 古今東西 永遠のテーマ
2025/12/11(木)  |
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