■平法学 後世の「形」の源流
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【兵法とは何か<一>現代日本が失いしもの 兵法と武道 多くの兵法家が修業の果てに得た人間の道が武道 加藤花当斎(HP「兵法塾管理人)】
花当斎氏の記述 簡潔に 《兵法の起源 約2500年前 孫武によって書かれた『孫子の兵法』 孫武は斉い生まれ 春秋時代末期 呉王・闔閭{こうりょ}に仕えその覇業に貢献 兵法 百済国から渡来人によって日本に伝わる 日本人として遣唐使 吉備 真備(きび の まきび)によって日本へ伝わる その後 朝廷の秘書 大江家に伝承され 大江匡房{おおえのまさふさ}から源義家へと伝わり 源氏の系譜から武田信玄が現れた また大江家の分派 中国地方に土着した毛利氏から毛利元就が現れ 戦国時代に伝承された兵法 大いに活用された
ところで 兵法とは何か 戦争においての兵士の動かし方 計略・戦術を思い浮かべる方が多い しかし 日本の兵法 それに剣 鑓 薙刀などの武術をも含む 非情な乱世を生き抜く武士の心得るべき法はすべて兵法と言った それが平和な世になるにつれ 個々の軍学 武術へと分かれていった
今日 総合格闘技が脚光を浴びている 異種格闘戦 打撃や寝技だけが得意な選手では 勝に勝てないこと 如実に明らかになった結果 いかに相手の得意とするところを防ぎ 相手の不得意とするところに優るかが重要になってきた 異種格闘技戦出場選手が 総合的な格闘技の道を進むのは自然な成り行き ましてや生死がかかった戦場で違う兵法なると あらゆる術を含むのが当然の成り行き
では 武術としての兵法はいつ生まれたのか それを辿っていくと 平法学に辿りつく 平法学 支那古代の武術 応神天皇の世 百済国 王仁によってもたらされた 二人相対して主客となり 或る動作をなす 後世の「形」の源流ともみられるとあり 日本武術の原点 ここにある気がしてならない 武術はさらに武道へ発展し 相手に勝つ技術よりも心の修養を重視するようになる 多くの兵法家が修業の果てに得た人間の道が武道にはある。》
−−−−−−★−−−−−− 『格闘技通信』 創刊する いつしか 「格闘技」 常用語となる いつしか 辞書に載るようになる それまで 「格闘」しかなかった 「格闘技」を辞書に載せたには 拙者である
2026/03/13(金)  |
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