■三島由紀夫の諌死
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松陰にとって諌死とは 自分が仕えている上の者の言動を諌{いさ}めたとき その上の者が そのことを理解しなかった場合は さらに諌しめて死んでいく覚悟を持つという意味なのだ
江戸の武士の世 諫言できるのは おおむね家老職か それにあたる身分の者 松陰 百も承知だが 身分に関係なく 諫言するべきだと強く言う
松陰のいう 諌死とは 諫言を許されていない者が 主君の感悟{かんご} 気づかせること 深く理解させることを求めて死ぬことである 死と直結する諫言 それゆえ 新たな諌死思想である
松陰 この諌死思想をもって各地の志士が決起すれば 必ずや日本は変革できると考えた
これが松陰の思想上の転換であり すなわち「越境」であり 武士の本懐というものだった もっと言うなら 「国」とは この諫死によってしか 見えてこないのではないか と考えたのである
三島由紀夫の小説 『剣』(1963) 諫死がテーマ 諫死 三島の文学的テーマであると云える そして 最期 憲法改正を訴え 自衛隊に決起を呼びかけた のちの割腹自殺(1970) 戦後日本に対する「諌死」 三島由紀夫 「国」が見えたか
2026/05/08(金)  |
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