■帝国陸海軍の私物
|
靖国神社の意義上の混乱が始まった その一つが 旧暦→新暦 旧暦 太陰暦から太陽暦の切り替え(明治6年2月) このときどうやら切り替え 計算ミス 鳥羽伏見開戦記念日/上野戦争勝利/会津降伏記念日 函館降伏記念日 さらに 明治10年 西南役平定記念日 こんがらかって 明治12年「東京招魂社」が「靖国神社」と改名に合わせ 大祭は11月6日を重んじ 他の大祭は廃止 さりながら一年一回では物足りないので ちょうど 半年ずらして5月6日を新設 年二回に
軍学者 これに「お彼岸」の発想があると 春分/秋分 遠い彼岸の西方浄土
ところが この大祭日 またやも変更された 明治38年 アメリカ・ニューハンプシャー州ポーツマス近郊で結ばれた 日本とロシアの間で結ばれた日露戦争の講和条約 ポーツマス講和(9月5日) 以降
海軍凱旋観艦式(10月23日) 陸軍凱旋観兵式(4月30日)に この 年二回に 昭和の終戦まで続く
たしかに幕末からロシアの巨大な驚異を 武士でなかった国民が将士となって退けた日露戦争 「攘夷」のビックイベントであることは疑いもない であるが 攘夷は日本という国民国家に生命があるかぎり 永久に必要な運動 それは一度や二度の戦争で済むものではない
ゆえに軍学者 これに異を唱える 特定の戦役の勝利を記念した大祭日を当座に定めてしまったのは いかにも不見識であった 靖国神社の大祭として永遠にすさわしくあり続けるのは 伏見開戦の日か さもなくば正月元旦だと思えなくてならない
靖国神社は 明治45年をもって 国民国家の神社から 帝国陸海軍の私物の神社に逆戻りしていまった 国家指導者の歴史観が浅簿{せんぱく}になった
−−−−−−★−−−−−− このたびの<早苗圧勝> 攘夷だと気付いている国家指導者 何人おるだろうか
『武道通信』創刊前夜 退社記念カードに こうメッセージした 「戦後半世紀 無抵抗にイエローヤンキー化した我ら日本人 己の心の身丈に合ったトポスを 見つけるための砦となるのが武道である ――『武道通信』創刊!」
一草莽の士の 「攘夷」宣言であった
2026/02/16(月)  |
|