■一所懸命
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特集 自衛官の『葉隠』 【謗りに耐え、有事に備える矜持 山本伊佐夫】
亡き山本さんの遺稿である 【歴史、史実の話は解かっているようで改めてみるとそうでないことが多い。】 との書き出しで 誇り高き平安期の武士たち との中見出しの項では 藤本正行氏の『鎧をまとう人々』 山本さん 当時の実態に迫る名著と 当時にあって 「国境」の彼方の反抗者たちは人か鬼かも定かでなく 日暮れては都大路も夜行妖怪が横行、貴人の行列ですら錯乱されることも稀ではない 人々や社会はそう信じていた 魑魅魍魎という強力な武装をした敵軍とはまた別種の本源的な恐怖であった 武士の主要武器である弓の弦の「鳴音{めいおん}」と 矢を放つ瞬間に発する気合いの声「矢声{やごえ}」は 魔物たちを慴伏{しゅうふく}させる力があると信じられていた それは 弦を強く引き鳴らすことで邪気や魔を祓う儀式とした現代にも伝わっている *「人々や社会はそう信じていた」ことがわからないと わからない
そして彼らの志は「礼楽射御書数{りくげい}」 礼儀作法/音楽/弓術/馬車操縦術/文学・算術 を身に着けなければならない 平安の武官たちは現代の軍人の模範像としてなんら見劣りすることはない
武士支配が確立した鎌倉時代以降 彼らの価値観や誇りは平安の武官とは相当異なったものになった 彼らの自己存在理由 領地に対する執念 「一所懸命」 すべての動機/倫理もここからはじまる 現代の拝金主義者とは随分違う
兵頭二十八さん 「権力とは飢餓と不慮死の可能性からの遠さである」 と述べられている とし 山本さん 言い換えれば 権力志向とは「自分だけ安全で安逸{あんいつ}を貪れる地位」 を作ろうとする事という意味にもなる 武士の行動はその意味での権力志向が極めて薄いと
先天優越感から遠く存在理由が 領土を死守拡張し一族郎党を養うに尽きていることに透撤{とうてつ}した意識を持っていた人たちだからである 従って彼らは外敵に対する凄まじいまでの武勇と同時に庇護者としての 心遣いを持つことを理想としたのである
ここから「蒙古襲来絵詞{えことば}」の竹崎季長{すえなが}の触れ 侠とか意気という言葉は彼にこそ相応しいく 殺伐たる時代の中に武士気質という 一種のさわやかさが漂うのはその故であろう と山本さん
次回 「そして葉隠の武士たち」
2025/12/09(火)  |
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