■真剣勝負
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【巻頭断言 真剣勝負――失われた鎖の環{リンク} 週刊プロレスから格闘技通信、そして武道通信への系統 杉山頴男】
八ノ巻の「論客断言」で坂井三郎さんが同じ題名の「真剣勝負」を書かれていた。 弾丸の束が一秒一千メートルで飛んでくる零式戦闘機での空中戦である。 お話をお聞いしたとき白刃が耳元をかすめた気がした。あれほど生々しい真剣勝負の話は、それ以後も聞いたことも読んだこともない。 真剣勝負の反対語とされるものに、今巻の総合格闘技がテーマの論客対談、また鼎談で語られているプロレスがある。テレビの創世記、五十八パーセントの視聴率を取ったプロレスの「真剣勝負でない、八百長だ」とされ、潮が引くように人気は去り、市民権も失った。しかし、大人の世界で市民権を失ったものの昭和五十年代、少年、青年たちにより再びプロレス人気の潮が満ちはじめていた。 私が『プロレス』誌(月刊)の編集に関わったのは五十年代の半ばであった。そして週刊誌(昭和五十八)にする頃、“力道山を知らない”彼らがプロレスに魅入られたのは 真剣勝負への憧れだったのではないかと思うようになった。子供時代の怪アニメを卒業した彼等は「殺してやる!」と叫ぶ大男たちが繰り広げる格闘演劇が、あらかじめ決められた筋はあると知りつつ、真剣勝負が内存されていると信じていた。 新日本プロレスの若手人気レスラーたちが格闘技団体UWFを興したのも真剣勝負への憧れであり、市民権のない八百長と世間から見られることの屈辱からの脱出であった。プロレスは八百長か否か?を悶々として一人自問していたプロレス誌を読むコアなファンが、UWFを熱烈に支持したのは「真剣勝負」を謳ったからだ。この潮流を汲み取る器として創刊したのが『格闘技通信』(昭和六十一年)であった。
次回につづく
2026/05/15(金)  |
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