■アレクサンダー王
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アレクサンダー王子 父王 暗殺される 二十歳でマケドニアの王となったアレクサンダー 当時の大帝国ペルシャと戦うことになる
アレクサンダーは後に大王と呼ばれる英雄 彼の兵法の巧みさは世界史上ナンバーワンかもしれぬ どの戦闘においても 敵軍より劣勢にもかかわらず 一度も負けてはいない
ここでは紀元前333年 現在のトルコ南部で行われた 「イッソスの戦い」を見てみよう
七万を超えるペルシャ軍に 約二万のマケドニア軍 勝利するするという信じがたいことをアレクサンダーは成し得た それは 先のデーバイ将軍の戦術を学んだ父王からの大きな影響であった まず デーバイ将軍同様の戦列の配置があった
アレクサンダーは戦列を二つに分け 自分は右翼 強力部隊を直接指導 左翼は信頼する将軍に任せた 右翼に比べると兵力は弱かった
戦闘開始 ペルシャ軍はここに襲い掛かること必然 ここを破られれば 敵はマケドニア軍中央の背後に回りこむことができる アレクサンダーの敗北はまちがいない が アレクサンダーは承知の上 この戦列をつくらせた
戦場 東にロマノス山脈 走り 西には地中海が広がる狭い平野 両軍の間には 山から海に向かってビロナス川が流れている この川に沿って両軍の戦列」が作られる ペルシャ軍 川の北側で強力な戦列をマケドニア軍よりはるかに長く伸ばしている
海側になるペルシャ軍の三万もの騎兵大部隊が マケドニア軍の最左翼にいる弱弱しい騎兵部隊を狙っている アレクサンダー 敵の配置を確認すると 戦闘開始直前 自軍の右翼の強力な騎兵部隊 敵にわからぬよう 左翼に移動 戦闘はマケドニア軍右翼が川を渡って開始された
ペルシャ軍左翼はこの攻めにたちまち壊滅 左翼を崩したアレクサンダー しかさず左へ方向を変え ペルシャ軍中央の後方にいるペルシャ王ダリウス三世に向かって突撃 臆病なダリウス三世 遂に戦場から逃走 最高司令官が戦場から離脱したことを知ったペルシャ軍 全軍が士気を失いやがて敗走 アレクサンダー率いるマケドニア軍 大勝利
−−−−−−★−−−−−− 鳥羽・伏見の戦いの最中 十五代将軍・徳川慶喜は大坂城から敵前逃亡 幕府軍の士気を粉砕 徳川家の復権に終止符が打たれた
いつの世も 最高司令官が戦場から離脱は敗北き喫す
2026/03/26(木)  |
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