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国益


トランプ 「国益(national interes)にならない」
31の国連機関を含む
66の国際機関から脱退に文書署名

「国益」とは 
何ぞや
2022年閣議決定「国家安全保障戦略」
安全保障/経済/普遍的価値)
日ノ本の国益定義

ChinaにもChinaの「国益」
南/北 KoreaにもKoreaの「国益」
その他 同じく

諸々の「国益」を統合しようと「国際益」
この「国際益」
瓦解の兆し
さて 日ノ本 どうする
憲法改正 急がねばならぬ

次回
【刀と日本人】最終回
2026/01/09(金) 晴れ


脳幹トレーニング


【戸塚ヨットスクールを支援する会」に聞く
脳幹トレーニングと武道教育
命がけの真剣な行動が人の能力を100%活かす――
戸塚宏校長が提唱する「脳幹トレーニング」に武道教育をみた
「支援する会 延武眞美 横田建文】 

チャンネル桜の拙者の番組で
佐山聡と戸塚宏氏の対談 放送した 
2006年12月 (全4回)

武道通信のこの記事 2002年6月
当時 戸塚氏 裁判中
2006年4月 刑務所を満期出所
で 対談が実現できた

「戸塚ヨットスクール事件」省く (
経緯を知りたければ検索で)
ゆえに 本稿 最初の延武/横田氏の裁判の経緯も省く

横田 → 脳幹トレーニングの基本的考えは「生命の緊張感をもって
真剣に行動することで 
本来人間が持っている精神と肉体の可能性が発現される」
生か死かの対峙する状況に追い込むことで 
の人がもっている能力を最大限に引き出す
ヨットやウインドサーフィンの訓練には 大自然の中で直結する恐怖感が伴う
この恐怖感が大脳の基にある脳幹部に刺激を与え
脳幹がしまり 生命力というか 身体の五感が刺激される
いまの子供たちは小さい頃から親たちに危険を回避され
脳幹が緩んでいる

なぜ危険な状態の体験が大事かというと
「真剣になる」から
スポーツ医学のメンタルトレーニング
記録をいかに伸ばすか目的
脳幹トレーニングは違う
スポーツと無縁な芸術家にも効課がある
その人の能力を100%活かすトレーニングだから
つまり「教育」なのです

−−−−−−★−−−−−−
むかし 拙宅のマンションの隣 一ツ橋大学 東校舎 
木立が茂っていた
次男坊 よく遊んでいた
「やぁ 死にそうだった」 と帰ってきた
木立によじ登っていたのだろう

刃引試合
終わって防具を脱いだら 油汗
「真剣」だったからだろう
2026/01/07(水) 晴れ


1986年


昔は 正月で一つ歳をとる
数え年
傘張り浪人 八十歳となった

過去にタイムスリップしたら
いつがいい? と問われれば
四十年前 昭和61年か 1986年か
「格闘技通信」 創刊した年だ

「技{わざ}」で体重を捌く
この一点に絞って編集しておけば
日ノ本主導の総合格闘技がつくれたはずだった
2026/01/05(月) 晴れ


「書け!」


5日配信 「武道通信かわら版」も年を越す
ローカルディスクに残されている一番 古い号
2001年 12月31日 vol.40

【◆平成十三年、最後、大晦日の「かわら版」
        あと1時間で今年も終わる。
 本年、かわら版、また弊誌、ご拝読、ありがとうございました。
先の25日は、忘年会特別版をお届けしました。通常の25日版を大晦日
 にお送りします。
 来る年も、よろしくお願い申し上げます。
 年賀状はHP掲示版で<配達>させていただきます。】
 ※25年前は 月イチの25日配信だったのか

【◆40号目次
1 お知らせ
2 田中光四郎手記 第二部 11月12日
3 表現者は死して何を残す?《二十六》……吉田翰玄
4 異国で会ったサムライたち《十六》……佐々木 建
5 勝負列伝《十五》……松下大圭
6 軍歌考《十四》……小川寛大
7 忙中閑あり……杉山頴男】
 ※小川寛大さん 書いていた 懐かしいな

■お知らせ――――――――――――――――――――――――――――――
1 『武道通信』次巻十七ノ巻は来春1月12日発刊
※いま 「草莽奮戦日記」十八巻を綴っている

老人 感慨にふけるのが得意だ
が 孫たちに混ざると 未来が垣間見れる
そして 必ず 死ぬことも
武士が禅に惹かれたのは
「死んだら終り 極楽も地獄もない」
仏教の因果応報からの離脱

「自分の葬式で弔辞を述べるとしたら
どんなものになるか」
も書き終えた
死ぬ その日まで
「武道通信かわら版」配信
「草莽奮戦日記」綴れたら幸い
「書く」しかないのだから
「書け!」
2026/01/03(土) 晴れ


命日を祝う


本日 年の初め 元旦
本日は産みの母の命日
拙者を昭和二十一年十二月に産み 
翌年一月一日に逝った

「命日を祝う」
息子/孫を集めてて 元旦祝賀
産みの母への供養である
何年もつづけてきた
産みの母 草場の陰で さぞ喜んでいることだろう
息子/孫 知らないこと
初めて語った

昔の人 誕生日など眼中になかっかった
日にちなど覚えていなかったが
故人の「命日」だけは覚えていた

そう 息子ら孫ら
もう すぐ来るころだ

−−−−−−★−−−−−−
杉山頴男事務所年賀状 掲示板(無銘刀)にUP
零時を回ったところで
年賀状 LAIN/メール配信

さて 今年 はがきの年賀状 何通 届くか
2026/01/01(木) 晴れ


ゆく年 くる年


ゆく年(2025)の年賀状 文言
「逝く人の
鍔音{つばおと}響く
新しき年」

多くの著名人 逝った
著名人ならではの 足跡を残して
で 一句 詠んだ

今年も ゆく年も
仲代達矢も 逝った
昭和三十七年(1962) 『切腹』 
主人公 半四郎の台詞
「たしかに奴は血迷うた
よくぞ血迷うたと褒めてやりたい
いかに武士とはいえ血の通うた人間
妻子ゆえによくぞ血迷うた
しょせん武士の面目などと申すものは単にその上べごと」

「しょせん上べのこと」と知りながら
仇討ちは果たす 武士の矜持

武士の記憶の遺伝子を持つならば
納刀する際(死するとき)
鍔音 いい音 響かせたい

「自分の葬式で弔辞を述べるとしたら
どんなものになるか」
こんな言葉に触発される

くる年
自分で自分の弔辞
書いてみるか
2025/12/30(火) 晴れ


即死させる斬突


きのう 床屋へ行く
散髪代400円 値上がっていた
30年以上 この駅前の散髪屋に通っているが 
4000円だった
時勢か でも 400円で大丈夫か
「良い御年と」声をかけ ドアを閉じた
帰りの道すがら 花屋で
門松 正玄関用 雄雌一組とそれに掛けるお飾りを買う
大晦日 夕暮れ 門柱に括りつける
その昔 孫らが大晦日から来ていたとき 手伝わせた 
お正月になると神様が天から この松を伝わって来て
この家を守ってくれる
そう云うと しごく納得していた

−−−−−−★−−−−−−
さて 本題
三、実施法の概要
一、斬突要領 特に奥旨{こつ}の習得
*奥旨{おうし}をコツと読ませている
物事の奥底にある深い意味や本質、極意って意味だ

1 力の方向と刃筋の一致
足の開き方 両手の握り絞め 臂力を活かせ
要は リキむな 
2 斬突量を大にすること
両肘の運動量を大きくし 斬るためには振り被った力を利用て斬りおろす
その力は遠心力を利用し 単に肘力だけでなく 下腹部の力
すなわち脚・腰の力を利用し 更に気力を加え刃先までに及ぶこと
要は 気合だ!

二、刀取扱法の慣熱{かんねつ} (なれること)
刀の抜き方 納め方 …………
自他共に不注意による危害を無くすと共に
刀の手入れの取り扱い法を会得し…………
*具体的なことは書かれていい それは誰かに習えとのことか
あくまで概要のみ

三、気迫の充実
 一太刀で斬撃刺突する気迫…………

四でやっと具体的記述
四、撃突部位
実戦 身体のどの部位を斬突すべきか
1、医学上の致命傷
イ、斬る場合
首―頚椎を切断すれば即死 内外頚脈を切断すれば即死
頭―脳髄に達すれば即死 脳髄に達しなくとも脳震盪により即死することも
胸部重要臓器―心臓上行大動脈 肺動脈を切断すれば即死
腹部重要臓器―肝臓 胃腸 腹部大動脈 膵臓 膀胱 肝臓等を切断すれば
即死せざる場合にも必ず死に到る
ロ、突く場合
喉―気道 頚動脈 頭部特に延髄
胸部―心臓 肝臓 上行大動脈
腹部―胃腸 腹部大動脈 膵臓 膀胱
2、撃突成果方面より観察
イ、斬る場合
首 
左肩部より袈裟懸け
腹部 
顔面 ただし鉄兜をかぶっている場合を除く
ロ、突く場合
左胸部
腹部

顔面

−−−−−−★−−−−−−
正月になるというのに
物騒なハナシだ
ここらで止めておこう
2025/12/28(日) 晴れ


竹刀は捨てろ 真剣を持て


一、試斬の必要 <竹刀剣道は忘れろと説く>
競技的試合に堕落した者は 相当の自信を持っているのに
軍刀を振っては十分にその成果を挙げられる者は少ない
軍刀は 重量 長度 構造 重心位地など竹刀と異なる
用法においても刃筋 速度 力の方向 
肉体に斬り込む気持 突き刺す気持など異なる
竹刀剣道での臂力{ひりょく}(腕の力)で軍刀を操作しても
わずかに敵の被服を裂き 皮膚に傷をつける程度である
居合 抜刀術は敵を相手としないが 自己反省を行いつつ
練習を重ねれば効果は大きいが
実物(肉体)に対し斬り込み 突き刺しなどの実感を体得できない
試斬は軍刀を持って斬撃刺突し はじめて掌中の感覚を体得しなけばなぬ

人を斬ってみなければ会得でないと
では 戸山学校では馬/犬を斬っていたのか

二、試斬の目的  <自己の技量への自信>
実物に対する衝突を行う際の下腹部の充実
軍刀の握り締め 臂力の用法 刀突{せんとう}(剣先) 刀刃の方向など会得し
自己の技量への自信力を得て
また軍刀の斬味 抗堪力{こうたんりょく}(敵の攻撃に耐えうる力)を試し
自己の軍刀に対する信頼を度を深め 
格闘における必勝の確信を得なければならない

−−−−−−★−−−−−−
きのう クリスマス
古い映画 『戦場のクリスマス』
所長(坂本龍一)が部下と 真剣で掛かり稽古をやっていたな
あのシーンだけ 覚えている
あとは 忘れた

十五、六年前になる
(武道通信かわら版)鎖帷子剣士 
突然 国立へ尋ねてきた 初対面である
いきなり こう云った
「刃引きの真剣で試合しませんか」
拙者 心の中で膝を打った
やりたかったのは 剣道でなくコレだった

偶然にも鎖帷子剣士 
拙者の“週一”剣道クラブの師範格は大学剣道部の後輩であった
ゆえに 「刃引き試合」が実現した
(といっても拙者と鎖帷子剣士の二人だけ)

2005年 刊行
兵頭二十八:著
『解五輪書: 宮本武蔵の戦闘マニュアル』
兵頭さんから 写真撮影用にモデルを頼まれた
そこで 佐山聡/田中光四郎 
それに 刃引きの真剣で試合の
元日本航空国際線パイロット某氏に登場願った
そのとき 某氏 鎖帷子をつけてきた
で 「鎖帷子剣士」 拙者 名づけた

『解五輪書: 宮本武蔵の戦闘マニュアル』
Amazon レビュー
[重い真剣でかつための方法を記した章を最初に取り上げ
佐山聡氏らをモデルに
著者の解釈による構えを実際に写真で見ることができる
お陰で竹刀による剣道ではない当時の真剣勝負で狙っていた場所がよく判る]
2025/12/26(金) 晴れ


虚と実


マンガの実写映画
『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-』
『イクサガミ』
世界的にヒットらしい
劍の流儀 荒唐無稽

まあ 下々はそれでいい
実の話をしよう

【陸軍・戸山学校編  
 昭和十九年刊行『軍刀の操作法及試斬』から」
 軍刀の試斬】

「剣を学ぶ者竹刀のみの修行を以て足りるとするときは、実戦に用を為さざる小手先の技術に堕し--------」と、大東亜戦争開戦一年前の昭和15年、「時局の要望に応え」、陸軍戸山学校は『軍刀の操作法及試斬』を発表した。
17年には『短期速報教育軍刀(一撃必殺)訓練要綱』を発表。そしてまさに時局、風雲を告げる19年に二冊を併せたものが編まれた。
陸軍・戸山学校編『軍刀の操作法及試斬』である。一般向けの教本として國防武道協会から刊行された。
これはまさに軍刀の使い方マニュアル本である。
この著の一部「軍刀の試斬」を抜粋し旧漢字を新漢字に、また言い回しは現代風にしてご紹介する。」
          ↑
長いリード(前置き)である

「武士」が消滅 人斬りも消滅 「剣」は竹刀に変わった
竹刀剣法 つい 無意識に面打ちとなる
敵兵 兜被っている 
たしかに竹刀剣法の「面」「小手」「胴」のルールは実戦向きでない
袈裟斬りの「肩」が一番の狙い目 膝も狙い目 
実戦剣法 竹刀剣法のスポーツではダメだと気づいたわけだ

次回から目次を追って
「試斬の必要」「試斬の目的」

−−−−−−★−−−−−−
某京大生 学徒出自で軍刀つくる
その軍刀 拙宅の刀掛けに掛かっている
某京大生 『軍刀の操作法及試斬』 
讀んでから戦場へ赴いたのであろうか
知る由もなし
2025/12/24(水) 降ったりやんだり


閑談


今年も あと10日を残すのみ
そうそう 年賀状 づくりだ
まあ Net配信ゆえ 大晦日まっでにつくればよい
元旦早朝 <投函>
「谷保天満宮に初詣でしてきました 配信します」
などカッコいい文言をそえて
(掲示板 ご覧あれ 去年の年賀状 UPされている 元旦に)

<墓じまい>ならぬ「年賀状じまい」 増加の一途とか
除夜の鐘ではなく カウントダウンで新年を迎える
風物詩も 諸行無常の響あり

そうは云っても
元旦 ポストに入った 頂いた年賀状 
手触り心地よい
送り主の顔 浮かぶ 

歳をとるほど 幼児体験 蘇る
木版年賀状 学校で彫らされた
ある年 み〜んな 
スプートニクに乗せられた犬 
彫っていた 俺も

“へそ曲がり”爺
もしかしたら 数十年後
生き残っている友人/知人に
手書きの年賀状 送るやも

次回
休題閑話
【軍刀の試斬】
2025/12/22(月) 晴れ


本日は 武道通信かわら版 配信日


もし この世が舞台なら
楽屋は どこに あるのだろう

楽屋など どうでもいい
客に見せる 観てもらうための
舞台だろう

客とは誰だ?!
縁者 縁類 知人友人?
違う 彼らも舞台に立っている

客とは
おてんとうさま だ!
2025/12/20(土) 晴れたり曇ったり


自衛隊入隊してみますか 若者たちよ


【ある教師の証言
 自衛隊体験のススメ
自衛隊を見、知ることで教え子は変っていった
集団生活と訓練で若者は強靭な兵士となる
井上孝司(大阪工業大学付属高校 北陽高校 滋賀高等学園で
国語教師として勤務
趣味は戦史研究 @niftyの軍事フォーラムFDRで世話人 
自衛隊の組織や制度を研究)】

井上孝司 こう記す
《現在の勤務高校では 例年 入学式を前に 二泊三日の合宿を新入生に義務付けている 学生達は風呂の入り方 食事の配膳と後片付け
布団の上げ下げなど生活の基本動作を
誰一人として完璧にできる者はいない
そんな具合だから あちこちで教師達の叱咤と注意と激励の言葉が
生徒たちの間で響き渡る
全員が15歳 こんな基本を体験したことはない
学生たちはストレスと戸惑いで 精神的にも肉体的にも追い込まれた顔になる
そんな時 自分達と同じように行動する教師達が整然と生活をこなし
ちっとした合間に休息をする姿に 次代に尊敬の念の眼差しを向けてくる
二日目になると 半数の学生は 教師たちの所作を真似ようと工夫してくる
もちろん飲み込めない者もいる 
不満の矛先は教師への反発で現れる
ここが教える側の踏ん張りどころ
最終日になると 生徒たちは見違えるほど逞しくなる
小難しい理屈よりも体験すること 困難を乗り越えるという経験が自信をつけさせる
毎夏には この復習を兼ねて より困難な目標で合宿する
登山や漕艇といったメニューを組む》

井上氏の最終目的は これだ
《若年層が二年間程度の期間 国家公務員として勤務する義務制度を検討
警察官 消防官 自衛隊など 十八歳から二十歳までの若者に
その勤務 義務化する発想を持つべきではなかろうか》

−−−−−−★−−−−−−
坂井三郎さん どこかの対談で話していた
近所の悪たれを入隊させると
二年後 見違える凛々しい若者で戻ってくる
2025/12/18(木) 晴れ


自衛隊の真実


【自衛官の武士道とは
元自衛官は語る 平成の武士道
最後まで「事に臨」めなかった自衛官たち
「死ぬこととみつけ」得ないで生き永らえる武士道
岡崎欽一 (昭和20年台湾生まれ 防衛大学校(応用物理学)卒
平成13年輸送学校副校長 陸将補で退官)】

岡崎陸将補 こう記す
《「死ぬこととみつけたり」 つまり兵士は事あるときは
「死ぬこととみつけたり」と己の命を空しくして任務に尽くし
事なき時は己の過去を空しくして黙って去らねばならない
そのとき どう処するかが武士かどうか分かれ目のような気がする
「死ぬ!死ぬ!と騒いでから死ぬのでは どうも武士道とは違いそうだし
「死ぬこととみつけたり」得ないで生き永らえる武士道もあるのではないか》

【床几
「葉隠」と自衛官  
田中華寿雄{かずお} (元海上自衛隊二等海士)】

田中二等海士 こう記す
《平成四年一月から四月にかけての僅かな期間であったが
海上自衛隊・呉教育隊に所属 海上自衛官としての訓練を受けていた
しかしその頃既に海尉・海曹級の教官達は ほぼ完全なサラリーマン化
今日では絶滅した学校体育教師といった風情で
武人という印象は全く無く その下の訓練生に至っては
大半が暴走族か少年院出身者のような手合いであり 
まるで話にはならなかった
むしろ 空手など一部の武道を修めている方々の方が 
余程「葉隠」の精神というか 
武士道の心を受け継いでおられるのではないだろうか》

【自衛官、もう一つの真実 予備陸曹の憂い
国防を任されるか
いつの日か武士の誇りを持て
真実を伝えることにより蘇生を祈るからである
神 博行 (元自衛官(機甲科)平成8年任期満了退官
現在 予備三等陸曹 柔道・戸山流合気道・柔剣道を学ぶ)】

神 予備三等陸曹こう記す

《昭和62年 いまから15年前 陸上自衛隊真駒内駐屯地入隊(二等陸士)に入隊
入隊前にイメージしていた自衛隊と現実の自衛隊の違いに驚いた
そんな元自衛隊官が自衛隊のついて語ると「悪口」「批判」ぐらいしか出てこない気がしていまひとつ戸惑う気持ちがありあしたが 自衛官に誇りを持つ隊員も少なからずいます
これら隊員たちの本心も知ってもらいたいと思うようになりました
それになりよりも自衛隊は 私が8年間歩んできた青春の道程です

中見出しを追う
☆泥棒天国
「盗まれた方が悪い」 上官 面倒な事件を処理するのがいや
☆サラリーマン
「安定」「技術 免許が取れる」 演習でも仕事だから“戦争ごっこ”
☆戦車に乗れない戦車隊
戦技という競技会 戦車隊は持続走 競技記録が良ければ昇進が早い
戦車に乗れない陸曹が存在してしまう
☆国防に向かい合う教育
除隊ぜす耐えられたのは十一戦車隊にいたときの大隊長
末端の一陸士相手に戦史を語ってくれ 戦史研究会という場を与えたくれた
現在 予備自衛官 有事には銃を取る
未経験者でも応募できる「予備自衛官」 
先日 北海道での予備自衛官補試験 20名枠に400名の応募
自衛隊が頼れる日が来ることを期待します
ここで真実をできるだけ伝えようと思った
自衛隊の現在の姿を広く伝えることが自衛隊自身が襟を正しことと
国民が叱咤激励することで ゆくゆくは武士{もののふ}としての誇りを持つ集団になることを祈るからです


次回 特集:自衛官の「葉隠」 最終章
【ある教師の証言
 自衛隊体験のススメ】
2025/12/16(火) 晴れ


端的只今{たんてきただいま}


「二つ目」
緊急事態に対する心構え
誰しも そんな事態になど望まないが
死に望まなければらないほど事態であっても
いざその時 どういう対応をするかということを
平常よく検討し 覚悟を決めておかければならい
武士として死ぬ覚悟や
恥ずべき行為をしない覚悟ができていない状態
「士道不覚悟」は万死に値する

『葉隠』
「端的只今の一念より外はこれなく候。一念一念と重ねて一生なり」
<端的只今> いまがそのとき そのときがいま
常朝が好きな言葉だ
祖父/父から教わったのであろう
養子に息子にもよく云い聞かせている

山本さん 話は江戸の世へ
軍事政権 歴史上 現代も 腐敗の限りを尽くして崩壊する
しかし 武士はあくまで廉潔を美徳とし 
農工商民がわが世の春を謳歌していた それが江戸二百七十年であった

最後に 自衛官諸士に捧ぐ
今日世界中で一般に社会的尊敬を受けることの僅少な軍人というのは
自衛隊だけかもしれない
さらに諸氏の先輩たちをはじめ おそらく若い自衛官たちも
自分の勤務年間に出勤の機会はおそらく無いであろうということも覚悟して勤務されていると思う
「だから自衛隊は壮大な無駄だ」というのは「自分はまだ死んだことがないから 葉隠なんて読んだって無駄だ」と言い放って人生を無駄遣いするのと同じことである
「非常事態がないのが判っているから自衛隊は気楽な商売なんだ」という説も聞いたことがある。しかしそんな理由で厳しい訓練と厳格な規律の世界にわざわざ飛び込む物好きがいる訳もない
世間にはデモカシで気楽な家業は他に幾らでもある
なによりも自分の生涯には華やかな出番や英雄になる機会も僅少であろうことを覚悟しながらな
おかつ平常の研磨を厭わず侮りの耐えて有事に備える矜持という
まさしく歴史の状況も心も葉隠武士のものである
日本が幕末時代の世界の荒波の中で倒壊せず尊厳ある国家を保ち 繁栄の今日を築くことができた基本には 連綿と生き続けた葉隠武士の心の賜物があることは云うまでもない
現代最も爽やかな風に吹かれている人達 自衛官緒士に最大の声援を贈りたい
ただこのひと言を書くために随分長い前書きになったが 
葉隠精神を継ぐ人達が現在にも存在すると思うえば 
筆者の心にも爽風の余徳を感じて幸せなのである 
敬礼

−−−−−−★−−−−−−
財務大臣 片山さつき
21年前(2004年7月)女性初となる主計局主計官に
防衛関連の予算をおもに担当
知人 曰く 
息子が通う 陸上自衛隊高等工科学校(通称:高工校)の予算 削った
片山 ケシカラン

冷戦の終結により旧ソ連の脅威が低下したことを受けて
防衛費1兆円減を打ち出す
その余波だった

防衛費 過去最大の9兆円規模に 26年度予算案
♪ かわるかわるよ 時代はかわる
2025/12/14(日) 降ったりやんだり


常朝が 死を語っている意味は二つ


そして葉隠の武士たち
山本さんの師友 鈴木直哉氏
「何故如何にして歴史は曲解誤解され歪められてきたか」
指摘解明することに尽力をつくされた
氏の著
『謎とき日本合戦史: 日本人はどう戦ってきたか』(講談社現代新書)
もっともよくかつ平易にこの事情を検証している
「こうあってほしい」
「こうであったほうが都合がいい」
「歴史はこうあるべきだ」
といった先入観「史観」のなせる業
(※「新撰組」も そうであろう)

山本さん 曰く
『葉隠』も その被害を受けている屈指のひとつ
「武士道というは死ぬことと見つけたり」
一行に満たない文字が これほど一人歩きをした例はない
関ヶ原から110年後 戦闘員として極めて閉塞的な状況
『葉隠』は 先祖の武勇に比するものは何か?
を追求した武士の処世覚悟を示す書であった
これをまず 理解いただきたい

常朝が死を語っている意味は二つある
一つは 
「人間 誰しも必ず死すべき存在であることを忘れるな」
武士が好きだった禅
人間 死んだらそこでオシマイ
この歯切れの良さが武士の共鳴を呼んだ
(※数多の殺生も地獄に堕ちることはない 勝っても敗けても死ぬ)

したがって平常を一瞬々々を一期一会と観じ
一刻々々を完結され充足したものであるよう生きなければ
不時に到来する死のときに人生の意義を完結する事なく
不覚悟の死を迎えることになる

この思想 
洋の古今東西を問わず思想家や宗教家がしばしば説く
テーマであるが
宗教色や来世願望を離れて
これほど明確に
「限りある人生の有意義に生きよ」
「有意義とは何か 常に自らに問え」
と簡潔に呼びかけた文章を筆者(山本)は薄学にして知らない
今日も『葉隠』が人々の心を引きつけるのは
華麗な活躍以外の場でも人生を見つめ続けようという
常朝の洞察の深さによるものであろう

<常朝が死を語っている意味は二つある>
「二つ目」は 次回で

−−−−−−★−−−−−−
映画「ジョー・ブラックをよろしく」
ラストシーン
ジョー・ブラック 「去りがたい」
大富豪パリッシュ 「“それ”が生だ」

生と死
古今東西 永遠のテーマ
2025/12/11(木) 晴れ


一所懸命


特集 自衛官の『葉隠』
【謗りに耐え、有事に備える矜持
         山本伊佐夫】

亡き山本さんの遺稿である
【歴史、史実の話は解かっているようで改めてみるとそうでないことが多い。】
との書き出しで
誇り高き平安期の武士たち との中見出しの項では
藤本正行氏の『鎧をまとう人々』
山本さん 当時の実態に迫る名著と
当時にあって 
「国境」の彼方の反抗者たちは人か鬼かも定かでなく
日暮れては都大路も夜行妖怪が横行、貴人の行列ですら錯乱されることも稀ではない 人々や社会はそう信じていた
魑魅魍魎という強力な武装をした敵軍とはまた別種の本源的な恐怖であった
武士の主要武器である弓の弦の「鳴音{めいおん}」と
矢を放つ瞬間に発する気合いの声「矢声{やごえ}」は
魔物たちを慴伏{しゅうふく}させる力があると信じられていた
それは 弦を強く引き鳴らすことで邪気や魔を祓う儀式とした現代にも伝わっている
*「人々や社会はそう信じていた」ことがわからないと わからない

そして彼らの志は「礼楽射御書数{りくげい}」
礼儀作法/音楽/弓術/馬車操縦術/文学・算術
を身に着けなければならない
平安の武官たちは現代の軍人の模範像としてなんら見劣りすることはない

武士支配が確立した鎌倉時代以降
彼らの価値観や誇りは平安の武官とは相当異なったものになった
彼らの自己存在理由 領地に対する執念 「一所懸命」
すべての動機/倫理もここからはじまる
現代の拝金主義者とは随分違う

兵頭二十八さん 「権力とは飢餓と不慮死の可能性からの遠さである」
と述べられている とし 山本さん
言い換えれば 権力志向とは「自分だけ安全で安逸{あんいつ}を貪れる地位」
を作ろうとする事という意味にもなる
武士の行動はその意味での権力志向が極めて薄いと

先天優越感から遠く存在理由が
領土を死守拡張し一族郎党を養うに尽きていることに透撤{とうてつ}した意識を持っていた人たちだからである
従って彼らは外敵に対する凄まじいまでの武勇と同時に庇護者としての
心遣いを持つことを理想としたのである

ここから「蒙古襲来絵詞{えことば}」の竹崎季長{すえなが}の触れ
侠とか意気という言葉は彼にこそ相応しいく 
殺伐たる時代の中に武士気質という
一種のさわやかさが漂うのはその故であろう
と山本さん

次回
「そして葉隠の武士たち」
2025/12/09(火) 晴れ


<人も歴史>も進歩しない


きのうも きょうも
小春日和

陽水の
♪小春おばさん 逢いに行くよ
口ずさむ

田中光四郎/兵頭二十八 対談
対談というより 兵頭さんのインタビュー
これまで8ページ分
あと24ページある

中見出し 追うと
右翼・民族派→カラシニコフ→NGOインフレ→マスード将軍→格闘技→
不二流対術→護身術の鎖分銅→宮本武蔵→自衛隊の徒手格闘→テロリズム→
杖、短刀術→山篭り→常在戦場→山本常朝→ブッシュ大統領→徴兵制

で あとは省略
田中光四郎/兵頭二十八 対談 終了

田中光四郎という人
<人も歴史>も進歩しない
人は 同じこと繰り返す 歴史も同じこと繰り返す
そう 考えていたのではないか

歴史は進歩する 繁栄するとの
あの時代の
日ノ本の世に 一石を投じた人であった
2025/12/07(日) 晴れ


本日は かわら版配信日


松浪さん 田中さんを避けたのは
<右翼>のレッテル 貼られていた人だった からか
人は 人にレッテルを貼る
人は人を 区分けをしたがる
人は 己を守りたいために
2025/12/05(金) 晴れ


<右翼>というレッテル


田中光四郎 話つづく

バーミアンの石仏 タリバンが爆破すると予告
あのとき 俺が止めると言ったのが松波
彼は国境まで行った そのとき五億円持っていった
しかし 石仏 爆発される
パキスタンで噂が流れる
「あの金はどこへいったのか」
田中 衆議院外務委員長・吉田公一を訪ねる
その金の出所を明らかにしてください
最終的には外交機密費は探しようがない

田中さん 松波さんへの嫌悪のはじまり
松波さん アフガンとの縁
1975年から3年 国際交流基金の支援によりアフガニスタン
カーブル大学にレスリングおよび体育の指導者として派遣される
後年 日本でのアマレス大会の折 
田中さん アフガンから4人の選手を自前で連れてく来る
アジア大会のときも選手・役員30人 自前で呼ぶ
そのとき田中さんへ挨拶も 選手たちへの杓子定規の対応に立腹

さて 次は中村哲
何かしゃべってくれと頼まれた ある若手議員の集まり 
中村がこう言った ああ言った ばかり
田中さん
「中村は医者じゃないか 彼は戦う人間ではない
私は兵士として戦った」

田中 → 【私と中村哲は同じ福岡県出身です。彼は徳洲会の医師だったんです。人がやらないことをコツコツとこなすいい男ですよ。私の足も切ってましてね。でも脳神経医です。それなのに足を切ったり、脱臼した肩を入れたり、何から何まで18年間やってきたわけです。年齢は私より下ですから呼呼び捨てにしますが、兵士だった私より、彼の方が高い社会的信用得ているわけです。
 たしかに私は単に戦うだけの人間です。人前に出ておしゃべりすること事態が居様です。「俺は!」と手を挙げてしまえば私らの存在価値はないですよ。でも去年『武道通信』で前田日明さんに会わせていただき本当に嬉しかったですすね。そのとき極真会館の大山館長が私の写真を見て、「彼は武道家の誇りだよ、
同じ武道家として誇りに思う」とおっしゃっていたことを前田さんから聞いたのです。あれだけの人が、草の根の稽古だけしてきた私を思ってくれているのかと、嬉しかったですよ。】

兵頭 → 武道家としてやってこれた田中さん どうやって民俗派とつながり
田中 → 皆さん私のことを右翼という(笑) 日本青年社の錬成塾をつくり塾長やっていた
兵頭 → 日本青年社 そもそも世間からは右翼と思われている
田中 → 右翼ですよ 会長が小林楠扶 住吉会の跡取りで本部長
小林 「田中には構うな 田中は自由にさせておけ」と言ってくれたので
何をしようが誰も文句 言わなかった
党役員会の出て来い とか日教組に抗議に行くぞとか言われても行かなかった

−−−−−−★−−−−−−
後年 オウム真理教 麻原彰晃 逮捕
田中さん 身辺整理し 遺書書き 暗殺 企てる
住吉会 各々も 麻原 暗殺 企てる
小林楠扶 「田中に任せろ 他の者 手を出すな」

まあ 失敗に終わったが
2025/12/03(水) 薄曇り


重版出来!


師走である
スズメ 電線にとまっている
いま早朝 4℃ 寒くないのか
スズメ 曰く
汗腺はないが 
冬は羽毛を膨らませて空気の層を作り断熱性を高める
夏は口を開けてパンティング(開口呼吸)したり
羽毛の少ない足指から熱を放散したりして体温を下げる

「草莽」読者からメール いただく
<フレデリック・クレインス著『戦国武家の生死観 なぜ切腹するのか』
最近 評判ですが  杉山さんのこれまでの発言やコメントの 
焼き直しのようで ちょっと腹立たしい気もしました>

『使ってみたい武士の作法』 2008年 9月25日発行
<たちまち重版>
同著読者からメール
<いまニューヨークに住んでます きのう読みました
日本人であることに自信を持ちました>

更に 2010年 9月25日 再度重版できないので
増補版として発行 

この著 書いたときから
英語版/スペイン語版等
翻訳されること希望していた 
杓子定規でない 熱き心を持った
日本外務省/日本文化科学省 キャリアがいたなら
英語版/スペイン語版等
遠に 翻訳されていたろ

−−−−−−★−−−−−−
田中光四郎/兵頭二十八 対談
タリバン バーミアン石仏 爆破
止めるため 松浪 行く
そのとき持っていった金 5億円
外交機密費 五億円の出所 行方の謎

ペシャワールの医師 中村哲のこと
次回で
2025/12/01(月) 晴れ


OLD 


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