■切腹
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兵頭二十八 切腹に一言 【福田→兵頭二十八氏が言うには、切腹というものはものすごく合理的だったと言うんです。日本的な不立文字の論理の中だと。西洋的にこれが悪いと責任体系というものは貫徹できない。で結局、切腹という制度があって、何か不祥事がありました。じゃあ上役はパッと腹を切ますと。でもそれは、切腹ということでとりあえずそこで決着が着く。 切腹というのは常になにかあったら、お家断絶、お家断絶はしなくても切腹というのが、かなり厳密な規範としてあるから、それが結局、規範になっていく。ところが近代以降、切腹ができなくなったんで、切腹の代わりになるような合理的な責任規範もないから、日本の組織が愚かなことになっちゃったというのが兵頭さんの説なんです。】
裏金づくりの責任追及ということをしていくと 「私は知らなかった」が通用する
戦国の世 籠城戦 もうこれまでというとき 「私が悪かった」 で 城主 切腹 で 家臣は放免というシキタリ 部下を守るのが主の美徳
籠城戦 戦闘部隊の家老のミスで敗れたとしても 城主 あれは家老が戦闘を強硬したからだ ワシは責任 無いなどいわない
むかし 西洋 某国 敗戦 その皇帝 あれは部下がやったこと ワシは責任 無い ダグラス・マッカーサー 昭和天皇 同じこと云うと思っていたら 「すべて私の責任」
切腹 儀式として制度化される前 西洋の合理でなく <理にかなった>心の作法としてあった そのエートス/メンタリティー/アイデンティティ 生に未練を残さない 残すと結果 敗ける 戦国の世の武士の戦場での合理があった それを いまに伝えるのが 『葉隠』の「武士道といふは 死ぬことと見付けたり」 定朝の父/祖父の言葉だ
2024/02/13(火) |
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