■古賀不二人{ふじと}
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田中光四郎さん 「巻頭談言」で書いている
【五・一五、昭和維新の志士・古賀清志の武魂伝承】 五・一五の檄文からはじまる ≪日本国民に檄す――日本国民よ! 刻下の祖国日本を直視せよ 政治、外交、経済、教育、思想、軍事、何処に皇国日本の姿ありや 政権党利に盲ひたる政党と之に結托して民衆の膏血を搾る財閥と更に之を 擁護して圧政日に長ずる官憲と軟弱外交と堕落せる教育と腐敗せる軍部と悪 化せる思想と塗炭に苦しむ農民、労働者階級と而して群拠する口舌の徒と… 日本は今や斯くの如き錯騒[綜]せる堕落の淵に死なんとしてゐる 革新の時機!今にして立たずんば日本は滅亡せんのみ。(後略)≫
田中光四郎さん → いまの日本に そのまま通じるですね 対談 平成13年(2001) 四半世紀前 いまの日本に そのまま通じるか 通じない <怒り>の度数/密度が違う
当時の政党政治の腐敗に対する反感から クーデターの将校たちに対する助命嘆願運動が巻き起こる 将校たちへの判決は軽いものとなった 古賀清志 禁錮15年 4年9ヵ月で仮出所 戦後 「不二人{ふじと}」と改名し 「不二流体術」を創始
田中光四郎さん 古賀不二人との出会い 九州に植芝盛平・合気道開祖の初期の頃の直弟子の一人がいた 田中光四郎さん 昭和40年生まれ 福岡・田川出身 八木不動の「柔気武徳流」道場があった 居合もやり「今武蔵」と云われるほど強かった 田中光四郎さんの兄弟付き合いをしていた者が八木不動の一番弟子
某氏が 八木不動/古賀不二人/田中光四郎 合同講演会を開く この縁で田中光四郎さん 古賀不二人と出会う
毎週 古賀不二人を訪れる 田中光四郎さん 曰く 一言で云えば 古賀不二人「清廉潔白」「仁の道」の人 <先生の宅を訪れ帰るとき 全身をクリーニングされたような気分 古賀先生に会ってから 「俺が 俺が」の俺 人の話を聞くようになる>
古賀不二人から<大地塾→大地社>と不二流体術をやってくれないかと 田中光四郎さん 大地社は若いモンに譲り 不二流体術だけを継ぐ
前田 → 古賀先生にしろ田中先生にしろ 誰もやらないことを 一番はじめにやってこられたんですね
前田 お前も 誰もやらないことを一番はじめにやってきたんじゃないか
2025/04/26(土)  |
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