■ディベート
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杉山 → 明治15年『軍人勅諭』 明確に軍人は政治に関わるな しかし 伊藤博文 山県有朋らのシリビアンコントロール 無くなる 統帥権 拡大解釈で軍人が握る
松本 → それを最初にやったのは石原莞爾{かんじ} ロンドン軍縮海軍条約 (海軍大将)加藤寛治 政府が了承した艦隊編成5・5・3に異をとなえる 「政府が口出す問題ではない 統帥権の千犯にあたる」 石原 これを逆手につかった 満州事変を起こす
木村 → そういうことを教科書でも 是々非々{ぜぜひひ}で書かなければいけない 我々民族派も是々非々で歴史を検証していかなければダメだ 「全部聖戦だ」「全部侵略戦争だ」 水掛け論 最後は感情論
松本 → 部分的のは聖戦であったという人がいてもいい 日本は 表現の自由の国 本来的には教科書検定制度が廃止され たくさんの教科書が出て 「これがいい」と教師が自分の責任で教科書を選び 教育していけば 自ずと落ち着き所が見えてくる アメリカは検定制度なんかない 検定制度の持っている問題 いま出てきている
木村 → そうなると大学の入試方法も大きく変ってくる マークシート記入 カッコの中に出来事・物事の名前を入れるのでなく 大事なのは結論にたどりつくプロセス 大学入試で「論述式」を採用 大東亜戦争を「聖戦」だと思うならその立場から 「侵略戦争」だと思うならその立場から 是々非々ならその理由を書かせる 答案の論理の一貫性や説得力で採点の基準を置く
松本 → そういう自主的な判断をもった諸君が 肯定側 否定側に分れディベートするならいい しかし いまのディベート 全部 嘘 まったく違う二つの立場があります といって自分が信じていない考えを闘わせるなんて これはアメリカの教育がみんなそうなっていますから これはアメリカの弁護士にやり方 とにかく口で勝てばよい 法律で勝てばよい あるいは法律に触ってなければ 何をやってもよい というだけの発想で裁判をやるわけです 自分の信じていないことを云って勝つ アメリカの法律の欠陥 でも逆にいうと それだけ自分の考えを述べるという制度になっているわけ アメリカに場合
木村 → たしかにいまのディベート じゃべるテクニックを身に付けるためのものになっている でも「しゃべる」という行動も実は結構重要で脳を刺激する 自分がしゃべっている中で 論理の限界とか矛盾とか見つかってくる そういう試行錯誤して 取捨選択が行われば 自然と自分にぴったりくる考え方 すっきりした考え方が身につく
−−−−−−★−−−−−− アメリカからの“輸入”のディベートブーム 近年 沈静化した だが 特定の分野では 議論スキルや思考力を高める使われている 本家アメリカ 共和党⇔民主党論争 いまだ使われている
2025/08/21(木)  |
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