■大西滝治郎
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昭和十九年十月 フィリピン作戦 台湾沖 連合艦隊 通過 隼{はやぶさ}(陸軍一式戦闘機) 十機で沖縄から台湾まで護衛 眼下 百隻以上の艦隊に小さな改造母艦 二隻 海軍戦闘機 上空援護がない 田形氏ら かつての無敵艦隊の戦力低下に目を真っ赤にする
フィリピン作戦 出撃した陸海軍戦闘機 約八百機 米軍 約千五百 従来なら劣らないない戦力 しかし 三年以上の操縦年数のパイロット 二割 五年以上で一人前と云われるパイロット 一割もいない
開戦当時 陸軍の旧式九七戦闘機一機が 五機のスピットファイア戦闘機(英国戦闘機)に引けを取らなかった <どこで戦ったのか 上海戦上空であろうか 海軍とて同じであった オーストラリアのダーウィン上空 零戦とスピットファイア 数度激突 喪失機 零戦六機 スピットファイア二十六機>
それが一転 味方戦闘機五機 グラマン一機に撃墜される有様も フィリピン前線から帰還した兵士たち 泣きながら話していた 戦力低下 通常の作戦 まったく通じない
大西滝治郎中将も痛感の極み 不利を克服して勝機を掴むには 敵空母に対する体当たりしかないと意を強くした
特攻作戦 大西の発案との通説は非 大西のフィリピン前線赴任 以前 すでに幕僚の総意として決まっていた いや 真珠湾攻撃前から決まっていた
山本五十六からの大西宛の手紙 要約:日米開戦の已むなきに至るかもしれない 余程思い切った戦法をとらなければ勝ちを制することはできない ついては この作戦を如何なる方法によって実施すればよいか研究してほしい 貴官(大西)は海軍大学校出身ではないから 海大出のような型通りの発想はしないはず どうか余人に相談することはなく、自由自在に考えてもらいたい
−−−−−−★−−−−−− 御伽話 → 退屈をなぐさめるための話 いや 屈辱を慰めるためのに話す 真珠湾攻撃から特攻作戦やっていたら 米国国民/兵士 パニック化 「ハル・ノート」破棄
2024/11/21(木)  |
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