■火縄銃
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今夏も猛暑 酷暑との予報 国際情勢も猛暑 酷暑
内戦論と外戦論の混同→ 坂井三郎 戦略的思考の欠除→ 佐久田昌昭 日ノ本 大丈夫か
兵頭二十八 連載頁あるので 本名 斎藤 浩で かけもち執筆
【武術史の空白・砲術 「砲術」盛衰記】
足軽鉄砲隊の火縄銃 泰平になると 鋳なおされ農具の実用品になった 剣と違い家宝にならない
武士は 足軽用の銃口 三匁五分(13mm)でなく 十匁(19mm) 大筒 馬への殺傷力が まるでちがったからである 馬上武者の首より 敵陣に大きな損害を与えることが手柄となる 寛永の世 大筒の砲術師現れる 書 できる
軍学者 そこのところ詳しく書いているが省く 専門的過ぎる
結論を急ごう 日本の個人的な砲術は 西洋の集団火力運用に敗れ去った ゲベール銃が火縄銃より優れていたわけではない ゲベール銃の肩に当てる「銃床」 ナポレオン以来の集団一斉射撃から 未熟者でも狙い打ちができるようになった
【斎藤→四ヵ国連合艦隊 馬関に海兵隊を上陸させてきたとき、 日ノ本の個人技的砲術 西洋の集団火力運用に敗れ去った。 長州軍は、その武器と戦術を、今度は幕府軍に対して用い、 農民兵が武士を逐{お}い返した。 この時点で、寛永以来の「砲術」文書も、紙屑と化したのだ。】
兵頭二十八こと斎藤 浩 最後にこう結んだ 【日本人の戦術的欠点 評論家の兵頭二十八は、一九九七年の『ヤーボードン』 という単行本の中で、 宮本武蔵の 『五輪書』を評注し、武蔵野太刀筋が「馬上片手刀術」の徒士立ちへの転用であることを明らかにするとともに、日本史上、近代以降も読むに堪える戦争論を日本語によって構築できたテキストはこれのみであると絶賛している。 ところが、その日本兵学の最高峰という 『五輪書』の中には、多数の兵をいかに指揮するか、具体的な方法は何も書かれていない。そして宮本武蔵は、この著作を除いた面での世評が高いのだ。 各流の砲術書も、「速射」は巻末でわずかに触れているだけである。日本の砲術は、なぜか火力の大量運用ではなく、個々の人の武士の手柄のための狙撃手引きに堕ちてしまった。 私にはこのことが、武蔵のいたずらな「剣聖」扱いと同じく、日本人の戦争適性の限界のようなものを示唆しているように、思われてならない。】
−−−−−−★−−−−−− 種子島伝来 鳥撃ち銃 頬に当てる 鎧を被っていたから 肩には当てらぬ 好都合であった それが後年 アダになった
2024/04/16(火)  |
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